2020年から邦銀初のデータビジネス「Mi-Pot」(法人や自治体を対象に銀行統計データ等と外部データを組み合わせた統計データ販売サービス)を展開し、大きな話題となる。
その翌年には、東京大学エコノミックコンサルティングとの連携を開始。
東京都が行政と民間等のデータを掛け合わせ、社会課題の解決等に資する取り組みを推進。その中での当社担当プロジェクトに銀行データをご提供いただいたのが、協業の端緒となった。
その縁から、2024年の不動産流通経営協会の『口座情報を用いた物件管理状況の計測』でもパートナーに。
近年、政府内では少子高齢化等により予算の制約を受ける中で、EBPM(Evidence Based Policy Making、証拠に基づく政策立案)に注目が集まっている。政策の検証や企画立案において、データに加え、科学的な知見を導入していく動きである。
そのような中で「銀行データ×アカデミア」という先駆的な試みに果敢に挑む「みずほ銀行×UTEcon」。この取り組みは日本の社会やビジネスにおいて、どのような意味をもつのか?
今回、挑戦の舞台裏をみずほ銀行デジタルマーケティング部の皆川直人様、瀬戸雄太様、佐藤絵里子様に詳しくお伺いした。
皆川 直人
株式会社みずほ銀行 デジタルマーケティング部マーケティング開発室データ分析チーム
瀬戸 雄太
株式会社みずほ銀行 デジタルマーケティング部マーケティング開発室データ分析チーム
佐藤 絵里子
株式会社みずほ銀行 デジタルマーケティング部ビジネスディベロップメントチーム
【みずほ銀行様とUTEconとの協業事例の概要】
①東京都の「東京データプラットフォーム(TDPF) ケーススタディ事業」(2021年度実施)
同事業で当社が担った「行政データの積極的な活用による『地域プロファイリング』の創生」で、民間データをみずほ銀行様等からご提供いただいた。プロジェクトでは、土地や建物利用に関するデータ及び企業活動に関するデータを基に都内各地域の特性を分析。様々な企業が望ましい事業拠点を選定するために活用していただくこと等を目指した。
※参考URL:https://utecon.net/notice_tdpf_area_profiling_alpha/
②不動産流通経営協会の「口座情報を用いた物件管理状況の計測」(2023年度実施)
同案件をみずほ銀行様と当社とで受託して実施。同行からマンション管理組合毎の口座入金データをご提供いただき、1,257物件に関する月次の入金履歴を計測した上で、面積や築年数といった物件特性を前提とした「本来あるべき」(=平均的な)入金額を予測するモデルを構築。実際の入金額と本来あるべき入金額の差が、首都圏からの距離とどのように関係しているかを検討した。
※参考URL:https://utecon.net/20240603-1/
③内閣府の「令和5年度『リアルタイムデータを活用した経済動向分析(法人銀行口座データ活用)』」(2023年度実施)
同事業で当社が担った分析において、みずほ銀行様から法人銀行口座の口座出入金データ等をご提供いただいた。法人銀行口座データの、法人企業統計調査と比べた特徴を地域・資本金・従業員規模・業種などから確認し、法人銀行口座データによる統計の各種指標の再現性を検討した。
※参考URL:https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp245.pdf
銀行データを社会貢献に繋げる架け橋となる『UTEcon』
ーー東京大学エコノミックコンサルティング(以降:UTEcon)との協業が始まる前に、みずほ銀行様が抱えられていた課題はどのようなものでしたか。
みずほ銀行デジタルマーケティング部 皆川直人様
皆川: 我々デジタルマーケティング部では、「顧客利便性の徹底追及」を行うべく、法人・個人を問わずデジタルマーケティングの高度化に取り組んでおります。弊行自身のマーケティングを高度化する傍ら、そのノウハウやデータを生かして、銀行業務で接点を有する様々なお客さまに対してアドバイザリー業務も実施しております。
その中でも銀行統計データをマーケティングに活用したサービス等を展開しており、一定の手応えを掴んでいました。一方、少子高齢社会で財政の制約も益々厳しくなることが見込まれる中、政府内でEBPMが着目され、みずほ銀行としても銀行データを通じて社会に貢献できるのではないか、との思いがありました。
単にデータの加工や集計によって見える化を図るだけでも十分意義があります。しかし、政策の検証をする・政策立案に活かす、というレベルに達するには自行だけでは限界を感じていたのです。
皆川: データから深みのある洞察を引き出すには、その道のプロの知見やノウハウがないと根本的に価値のあるものは導き出せないと思いました。
そのような中で、他の職員から紹介してもらったのがUTEcon様でした。
元々名前を存じ上げていた渡辺先生をはじめとした有名な先生方がいらっしゃり、計量経済学等のハードスキルはお墨付きです。
その上、実課題や社会課題を解くといったモチベーションと目線を備え、第一線で活躍する経済学・社会科学・工学等のバラエティー豊かな領域の先生方が在籍されています。
我々のデータ等と掛け合わせると、うまくフィットするのではないかと考えておりましたので、協業の方向でまとまった際にはワクワクが止まりませんでした。
UTEcon 川原田 陽介
川原田: 身に余る評価を頂き恐れ入ります。当社としましても、みずほ銀行様とご一緒できることになった際の喜びは今でも鮮明に覚えております。
ーーメガバンクとして初めて銀行統計データをビジネスに活用するというチャレンジを決断するに至った理由や経緯をお聞かせください。
皆川: 2010年代にビッグデータやDXといったキーワードが叫ばれはじめ、当時からみずほ銀行としてもビジネス機会を伺っていた状況でした。
よって、銀行データを活用し、新プロダクトやお客さまの課題解決に繋げようとしておりました。
瀬戸: 金利を軸としたビジネス創出は我々のコアでもあり、様々議論され尽くしております。では、新規として何にチャレンジできるか?という文脈の中でデータ利活用への関心が高まりました。
そのような中で我々の所属するリテール部門でも何かできないかというところがモチベーションとなり、統計データをサービスに用いることになりました。
みずほ銀行デジタルマーケティング部 瀬戸雄太様
協業を通じて培われた確かなデータ活用スキル
ーーUTEconとして、みずほ銀行様の課題に取り組んでいる時に、どういう付き合い方をしていたのか、紹介してください。
柴田: 基本的には、みずほ銀行様のデータを使わせていただく形なので、一緒にクライアント様と話しながら「どのような要件でどのようなプロジェクトを始めるのか?」というところを詰めていきました。
UTEcon 柴田 真宏
柴田: UTEcon側としては分析に必要なデータの種別や要件をお伝えし、みずほ銀行様側に確認いただくフローを取りました。なかなか、難しい要件を提示させていただいていたことは承知しておりましたが、みずほ銀行様には何とかして分析を前に進められるデータをご用意いただけたため、大変ありがたかったです。
ーーUTEconからの依頼を受けてデータを抽出する際、大変なことはありましたか。
瀬戸: UTEcon様との案件はかなり長い期間を遡るデータが多く必要でした。一方、我々の都合上、基幹システム移行前後だとデータレイアウトや仕様がかなり変わっています。
新旧システムの仕様や背景を十分に理解していないと、データの解釈や処理が難しくなるため、過去と現在のデータを突合させていくプロセスが大変でした。
皆川: もう1つは、銀行ではデータが多岐にわたり細分化されており、意味のある分析をするために分散しているデータの中から必要な情報を選定する作業を行いました。
当部ではリテール分野のデータの有識者は多いですが、我々の部門と接点がない部門が保有するデータについては、権限や情報が不足しておりました。
社内で調整しデータを取得しましたが、ドメイン知識が不足していたこともあり、データの適切な解釈や抽出が容易ではありませんでした。
ーーそれは大変でしたね。
皆川: いえ、こうしてデータを統合して利活用することに大きな意味があると思っています。あまり自分たちのドメインに捉われ過ぎると、本当に価値のあることはできないと思うためです。
佐藤:また、銀行データの中には、個人情報保護や機密情報の観点から提供できないデータも多く存在します。分析に必要な情報は残しつつ、特定ができない形に適切にマスキングする基準を設定するのに苦労しました。
ーーUTEconとの連携関係を始めて4年程になりますが、その中で起こったみずほ銀行様の中での変化をお聞かせください。
皆川: やはり銀行データを使って社会的な課題を解決するという点は、1つの型になってきていると感じます。
仮に、我々のところで行政系の課題があれば、「UTEcon様にご相談させていただこう」という雰囲気になってきています。ケーススタディができたことで、当該領域におけるデータ活用に関する機運が高まったのではないかと考えています。
皆川: また、今までは「本当にこういった分析が銀行データでできるのか」との見方もありましたが、実績を積み上げていったことで、社内の見方も変わってきたと感じています。EBPM関連での銀行データ利活用に関する関心・理解度が高まったと言えるかもしれません。
さらに、顧客企業様等から銀行データに関心をおもちいただくことが増え、ご活用頂き感謝の声も届くようになりました。
瀬戸: 我々だけでコンサルティングを提供していた時期もありましたが、自前主義のみでは包括的な課題解決に結びつけることが難しいと感じることもありました。一方、UTEcon様と協業させていただく中で様々な学びがあり、コンサルの1つの型が確立できつつあると感じています。そこが1つ変わってきているところです。
あとは当部としても、リテール顧客周りのデータだけでなく、法人顧客周りのデータ知見が高まり分析に活用できるようになった点が、この取り組みの中での学びとなりました。
佐藤: 私はデータ提供を行う際の構築面でご支援させていただくことが多かったです。近年UTEcon様や他のパートナー企業様等に銀行データをお渡しして、共同で分析をする機会が増えています。そのため、セキュアな環境でのデータ連携方法や、データ仕様や内容を分かりやすくお伝えし、迅速に分析に取り組める環境をサポートしています。
みずほ銀行デジタルマーケティング部 佐藤絵里子様
佐藤: UTEcon様との協業において、案件終了後のフィードバックが非常に有益で、データの提供プロセスが徐々に改善され、よりスムーズかつ効率的に対応できるようになりました。そのため、業務スピードも向上し、様々な企業様と共同で多岐にわたる分析が行えるようになったというのが、この4年間で我々にとっての大きな変化です。
ーーメガバンクの中でいち早く、データ活用に関する取り組みにチャレンジされていますが、それによって他行と比べて競争優位性を獲得されたと感じていますか。
皆川: UTEcon様との取り組みは、弊行だけでできることではありません。業界やドメインの知識は弊行にもありますが、関心のあるドメインに応じて、適切な経済学や関連領域の知見を適用することではじめて真に価値のあるものができると考えています。したがって、公共的な領域における銀行データ利活用×計量経済学というパターンでの競争優位性は獲得出来たのではないか、と考えています。
経済学者から見る銀行データを活用する醍醐味と意義
ーーUTEcon側としてみずほ銀行様と一緒に仕事をして、これまで進めてきた他のプロジェクトと大きく違う点や興味深いと思った点は何かありますか。
渡辺: そもそもデータの質・量が他のプロジェクトと異なります。通常のプロジェクトでは絶対手に入らないような粒度で、膨大なデータを提供いただける。そのようなデータに対して深い分析を通じて付加価値を生み出す活動が行えることはまさに、経済学者冥利に尽きる経験です。
UTEcon 渡辺 安虎
渡辺: また、有難いことに、みずほ銀行様には環境をどんどん改善していただいて、当初と比べ、我々も格段にやりやすくなりました。データがきちんとメンテナンスされ、活用しやすい状態になっています。
データは保管されているだけでは、意味がありません。多くの企業では、どこかに保管されていても付加価値に繋がるような環境が整っていないことの方が多いです。
また、データはあるものの、個人情報保護の観点で利活用が難しいものもあります。法的にはOKであっても、消費者心理を考えた時に本当にこのデータは活用しても良いのか?
この判断には、ステークホルダー間の議論が必要です。このような時には重苦しい議論につながる論点に関しても丁寧にロジックを積み上げられ、前例主義にとらわれない環境構築を進められている様子を拝見しました。
渡辺: 言うは易しですが、難易度の高いことに取り組まれており、大変感銘を受けました。
会社としてあるいは個人として興味深いなどといった観点を凌駕しており、世に広く付加価値を生み出せるポテンシャルを秘めている点において、社会的に大きな意味があることだと思っています。
「みずほ銀行×UTEcon」で社会課題に挑戦し続け、付加価値を生み出す
ーーそれでは最後に、今後の展望をUTEconとみずほ銀行様双方より、お願いします。
川原田: この4年間の協業関係を通じて、データの利活用により世に幅広く付加価値が提供可能な体制が構築できていると感じます。
EBPMに取り組む政府をはじめ、データ活用に苦心している、あるいはイノベーションに挑戦したい企業様には、ぜひとも、「みずほ銀行×UTEcon」にご相談いただきたいです。
皆川: この4年間の協業の中では、UTEcon様ならではの観点で銀行データを分析し、行政課題の解決に活かすという事例を積み上げ、付加価値を示せるようになって参りました。
行政課題のみならず、マーケティング、医療・製薬などのような、各施策の効果検証が求められる業界においても、UTEcon様のようなコンサルティングが必要になると考えています。
弊行としましても、社会インフラを担う使命を持つ銀行として、データを活用して社会課題を解決するような取り組みを「みずほ銀行×UTEcon」の枠組みを通じて、これからも実践していきたいです。
(インタビュアー: 松尾知明、文章:戸田有亮、撮影:金澤美佳)