主にリユース事業者向けに、ネットオークションなどで中古車、中古デジタル機器、ブランド品等、幅広い商材の販売を展開している。
1985年の創業以来、二次流通業界を牽引してきた同社。しかし、変化が激しい昨今において、事業がグローバルな広がりを見せるにつれ、新たな課題が浮き彫りに。
解決に向けて取り組んだ結果、辿り着いたのが「経済学の知見の活用」であった。
専務執行役員・デジタルプロダクツ事業本部 ディヴィジョンマネージャーの一井克彦様に当社との協業を通じた感想をお伺いした。
一井 克彦
株式会社オークネット 専務執行役員・デジタルプロダクツ事業本部ディヴィジョンマネージャー
『BtoBネットオークションの課題を探り解決に導く入念なヒアリング』
ーー東京大学エコノミックコンサルティング(以降:UTEcon)との取り組みの前に、御社が抱えていた課題はどのようなものでしたか。
株式会社オークネット 専務執行役員 一井 克彦 様
一井: 海外バイヤー数が2019年に数百件だったのが急増し、現在は1,700件を突破しました。国や業態、買える量やプライスゾーンも異なります。例えば、ある時刻でオークションが終了すると、時差の関係で参加できない方も出てしまうのです。
加えて、バイヤー様の数が増えるにつれて、ボリュームを得意とするホールセールのバイヤー様、中間流通事業者、そして量は買えないものの高いプライスで入札できるリテールサイドのバイヤー様というように、「量」と「価格」という観点で入札行動の異なる複数のセグメントのお客様が同時にオークションに参加されることになりました。
また、多くの量を買うホールセールのバイヤー様は、比較的価格の秘匿性を重視します。一方、リテールサイドのバイヤー様は、入札経験が浅い方々も見受けられ、価格形成が明確な方式を望みます。このどちらを優先するかも悩みでした。
UTEcon 野田 俊也
野田: これらは先行研究であまり議論されておらず、既存の事例ではバイヤー様が求めるようなタイプの秘匿性や時差に伴う公平性はカバーしきれないことが課題でした。よって、新しく対処を考えました。
結論としては、価格形成の明確さを出すために競り上げをベースとしつつも、オークションの最終段階だけを封印入札にすることで、2つの問題に対し同時にうまく解決を図れたと思います。
時差への対応は、論理的に、競り上げでは必ず設定する必要のある締切時間をつくらない方法しかなく、それを達成するには最後に封印入札を行うしかありません。しかも、封印入札では価格を開示しなくともよいので、価格を部分的に秘匿できるのです。
ーーこのような入札方式のアイデアはどのように出てきたのでしょうか。
UTEcon 渡辺 安虎
渡辺: 最初から抱えておられる課題感について入念にヒアリングをさせていただき、これらを整理する中で、割と早い段階でこの方向性が出てきました。
一井: 我々の担当者へ先生方が直接「今の課題は何ですか?」と丁寧にご質問いただきました。東京大学というのは、ある一定の権威なわけです。でも、そういった方々にきめ細かな対応をしていただけたことは、正直驚きでしたが、非常に有難かったです。
ーー封印入札に関して、社内で決断に至ったポイントはどこにあったのでしょうか。
一井: 理論では理解できても、実際バイヤー様が我々の期待する入札行動に出て、うまく機能するのかが疑問でした。
それを先生方に相談すると「ぜひ体験してみてください」と言われたのです。実際にプロトタイプをGoogleスプレッドシートでつくっていただき、我々はバイヤーの立場でオークションに参加しました。
一井: 体験を通じて初めて、こういう行動をとるから、この価格になるのだと腑に落ちました。
開発を上程するためには役員会議にあげ、意思決定を仰ぐプロセスがあります。その際も、体験してもらい納得していただいたわけです。
『新たな取り組みでの困難と得られた財産』
ーーUTEconと協業しようと思われた理由を教えていただけますか。
一井: 2020年辺りにバイヤー数が急激に伸び、多様な方が公平に参加できる形を模索していました。
アメリカの電波オークションがスタンフォード大学等との連携を通じて大きな成功を収めていたので、アカデミアの協力を仰ぐ方向性も頭をよぎりました。すると、その矢先に日経新聞に掲載された渡辺先生の「経済学者の知見をビジネスに活かす」という内容の記事が目に留まりました。偶然にもトピックスはオークションに関わるものでした。
まさしく「これだ!」と思いました。
一井: でも、先生とは何の繋がりもなかったので、9割方無理だと思いつつ、メールを送ったら、返信が来たんです。それで先生のオフィスにお伺いしたところ、「ぜひ解決に向けて一緒にやっていきましょう」とご快諾いただけたのがきっかけです。
また、渡辺先生にお話を聞くと、アメリカの大学でマーケットデザインの研究をされていた先生がUTEconに2人いらっしゃると。その1人が、スタンフォード大学で、電波オークションを開発した研究者らからも教えを受けていた、野田先生だったのです。
ーープロジェクトで大変だったことはありましたか。
一井: まず、学術的な知識を身に付けるため、大急ぎで専門書を数冊買って皆で回し読みすると、途中でギブアップする社員が出て(笑)
逆に、先生方が私どもの事業内容やオークションシステムなどを、本当にご理解いただいているかも不安でしたが、我々に対して大変親身にヒアリングをしてくださったので、信頼して協業することができました。
一井: そしてシステム開発がほぼ完成し、新オークションをローンチしていくにあたっては、千数百名のバイヤー様に説明する必要がありました。十数名の営業担当が1社ずつ説明していくのですが、時差や言語の違いなどがあり、コンタクトを取れない方もいらっしゃいます。
そこで先生方に、新オークションのコンセプト動画、入札方法チュートリアル動画などをご監修いただき、それらをプラットフォームに実装することにしましたが、ここは時間がかかりました。
バイヤー様の反応は「今までのままでいい」とのお声があった一方で、「興味があるから教えてほしい」との前向きな意見もあり、我々のモチベーションに繋がりました。
ーー新オークションをどのように導入していったのですか。
一井: 新オークションを導入して1年以上が経ちますが、その間新旧のオークションを並行して行いました。ご理解いただけるバイヤー様の数が増えるにしたがって、出品量を増やし、今年の春以降は新オークションの参加者数を見計らって、ニーズの高い商品の出品を新オークションに移行するようにしていきました。
一井: また、1週間ごとに新オークションでの様々な要素の仮説検証を繰り返しました。1年間毎週、最適化の検証を積み重ねたので、開発を始めた段階と今とでは隔世の感があります。
ーー試行錯誤した結果、バイヤー様からの反応や社内での変化を教えてください。
一井: バイヤー様から「買いやすくなった」とのお声があり、本当に嬉しかったです。
社内では不安視する向きもあったものの、プライスは極めて良好に推移しております。
今回の成功で、プラットフォームは思い切ったイノベーションをしないといけないとの機運ができました。
ーー新オークションでの費用対効果をどのようにお考えですか。
一井: 10年以上培ってきた我々のプラットフォームが、今回の投資で新しく生まれ変わり、スタートを切れたので、費用対効果は驚異的だと思います。投資判断としては圧倒的に正しかったと言えるでしょう。
貴社のおかげでイノベーションが起きたと捉えており、協業できて本当によかったです。
『経済学の知見がビジネスを変える』
ーーもう1つの取組であるスマホ・タブレット端末の価格予測に関して、抱えられていた課題は。
一井: 残価設定が物の販売に取り込まれているケースがあります。そういう背景の中で個人向けあるいは法人向けのお客様へ、そういうスマホ・タブレット端末の販売にも残価設定が適用されるケースが出てくると思います。
実は、事業者様から次のようなご相談がありました。「例えばお客様に販売したスマホ・タブレット端末を2年後や3年後にオークネットに販売委託したら、いくらになるか予想できますか?」
お答えするのが難しい質問ですが、そういったニーズがお客様にあると認識していました。しかし、社内外のデータアナリストなどがトライしても、なかなかうまくいかず、渡辺先生にご相談した次第です。
渡辺: かなり特徴のある市場で、特に新機種の発売に伴い、旧機種の価格が極端に落ちる場合もあれば全く落ちない場合もあるなど、独特のパターンがあります。総じて、知的な刺激のあるプロジェクトだと思いました。
新しい機種が出てきた時に値段がどう変わるか、バージョンが古くなっていくことや状態にもよるなど、いろんな論点があります。
一井: 渡辺先生から、単に数字の分析だけでは難しく、価格形成に何が影響して、何を無視してよいかを峻別する必要があるとの指摘がありました。
スマホ・タブレット端末のメーカーやモデル、色、状態など様々な要素があります。そこを先生方に数字を分析していただきつつ、私どもの担当者に肌感としてどうかをヒアリングしていただき、取捨選択していきました。
ーー残価予測に関して、具体的に社内の変化はありましたか。
一井: 他にもシステム会社がある中で、UTEconの先生方にAIシステムをつくっていただくのは、以前には誰も想像していなかったことです。
実際に我々がやると、他事業部も大きな関心をもち、先生とお話ししたいという役員も出てきました。現在は中古車の市場価格指数も先生にご相談をして発表しており、広がりが見られます。
渡辺: オークネット様の場合、すごくいろんなタイプのデータがあり、なおかつ事業でマーケットをつくられています。どの事業部様もユニークで、毎回いろんなお話をいただくたびに面白いなと思っています。
一井: 無理ばかりを…。
渡辺: いえ、むしろ非常に楽しく仕事をさせて頂いています。
例えば、中古車の市場価格指数の話では、日本銀行や総務省において物価統計や指数に長年にわたり関わってきた専門家が加わって、異なる手法の中から中古車市場と利用可能なデータを考慮した上で、最も適切な方法で作成しています。
一井: ですので、様々なお話を頂くのに対して、幅のある専門家が弊社には在籍しており、それぞれの専門性を個々のプロジェクトに適切に反映させることが出来ている点がうまくいっている要因だと感じています。
ーーUTEconメンバーに聞きたいのですが、今回の事業で、一番記憶に残った出来事は何でしょう?
野田: 新オークションに自信はありましたが、参加者がオークションのルールを理解し、意図通りに動いてくれないと、うまく機能しません。その反応によっては、参加者が新オークションに慣れる前に撤退の判断があるかもしれないと危惧していました。
野田: そこがクリアできて、軌道に乗ってうまくいっていると一井さんからお伺いした時は「本当によかった」と思いました。これは決して偶然ではなく、オークネット様の営業チームが、新オークションのルールとメリットを丁寧にお客様へご説明した結果だと思います。
渡辺: 大学の研究者は、経済学は役に立つと口では言いますが、手前味噌感が拭えません。しかし、ビジネスとして個々のプロジェクトを実施するか否かの判断はシビアなものです。
渡辺: その意味できちんとビジネスとして弊社に案件を任せていただける、それも1件ではなく、いろんな形で広がりがある、そのことを非常に有難いことだと考えます。
『アカデミアがイノベーションの鍵を握る』
ーー新オークションの今後の展望をお聞かせください。
一井: 今後も実装の最適化を継続するので、今年中に安定化の段階は終わる見込みです。
一井: 加えてバイヤー様にとって、より分かりやすく便利なものになるよう改善を進めます。
5年くらいのスパンで考えると、改善の余地が出てくる新たな課題に直面する際に、先生方にご相談できればと思っています。
ーーUTEconのコンサルティングをお勧めしたい業界はありますか。
一井: オークションに限らず、マーケットデザインの範囲と捉えられるサービスを提供する多くの事業者が対象になると思います。
同時にそういう会社は、成長するためのイノベーションにも苦しんでいるはずです。
アカデミックなフィールドに答えがあり、我々は今回イノベーションできた、それが実は鍵だと思っています。経済学的な知見を真剣に考えて適用すると、案外イノベーションに結びつく気がします。
ーー今後UTEconとどういう関係でありたいですか。
一井: ビジネスの課題は学術的な領域を多分に含むので、必ずしもビジネスの経験や知見だけで解決できるとは限りません。
今後も自分たちで解決できない課題について、UTEconの幅広い領域をカバーする先生方と様々な相談をし、ご支援いただきながら前に進んでいけたらと思います。
(インタビュアー: 松尾知明、文章:戸田有亮、撮影:金澤 美佳)