そんな同社が課題認識をもち、解決策を思案していたのがパンデミック後のハイブリッドワークの浸透を背景とした、オフィスの会議室不足だった。
その原因は「定員未満での利用」「特定時間での集中利用」「隙間時間の発生」など、人の運用に委ねられているがゆえに生じる非効率な利用にあった。運用ルールの見直しや予約システム導入等で対策を講じたものの、大きな改善は見られない。
事態を打開すべく、問題解決の糸口を見出そうと相談したのが、東京大学エコノミックコンサルティングであった。
2022年、「イトーキ×UTEcon」による新ソリューション開発プロジェクトが始動。両社の情熱が結実した結果、誕生したのが、アルゴリズムで非効率利用の根本原因を解消し、限られた会議室を最大限に活用する次世代会議室予約システム「Reserve Any」である。
今回、株式会社イトーキ ソリューション事業開発本部の藤田浩彰様、神田和花様と、当社コンサルタントの松山と小田原に、開発プロセスやReserve Any導入の効果などについてインタビューした。
<『Reserve Any』とは>
株式会社イトーキとUTEconの共同開発によって誕生した会議室予約システム(2025年より提供を開始)。近年注目を集めるマーケットデザインの考え方を応用し、会議室の利用価値最大化を図るアルゴリズムをソリューションに実装。非効率な利用を抑えるなど最適化を促進し、会議室不足の解消につなげ、ワーカーの行動変容を通じて組織の生産性向上に貢献するソリューションである。
<特徴①「ポイント予約制」>
予約状況に伴って日々会議室の価格(利用ポイント)が変動。ニーズの多い時間帯や人気の会議室は高価格になる一方、ニーズの少ない時間帯や会議室は低価格に。利用者は保有ポイントを考慮しながら予約する。価格を意識することで、最適化に資する選択や行動が誘発される。
<特徴②「2種類の予約方法」>
「おまかせ予約」は利用人数等の希望条件を入力するだけで最適な会議室が割り当てられ、オーバースペックや無駄な隙間時間を解消する。
「こだわり予約」は特定の会議室を指定して予約する方式。割高のため独占利用が起こらず、価格差によって利用の集中も防ぐ。
※参考URL:
https://www.itoki.jp/special/data-trekking/reserve-any/index.html
藤田 浩彰
株式会社イトーキ ソリューション事業開発本部 ソリューション開発統括部 統括部長

神田 和花
株式会社イトーキ ソリューション事業開発本部 ソリューション開発統括部

自社のビジネス課題についてアカデミアに尋ねることから始まった協業
ーー東京大学エコノミックコンサルティング(以降、UTEcon)との協業の前に、御社が抱えていた課題とはどのようなものでしたか。

株式会社イトーキ ソリューション事業開発本部 ソリューション開発統括部 統括部長 藤田 浩彰 様
藤田:一言で申しますと「いかにしてオフィス自体の価値向上」を図るかという点でした。現代のビジネスオフィスは見た目こそ洗練されてきておりますが、実態としては高度なデジタル機能やITが実装されているケースは稀です。さらに人間の何となくのすり合わせの中で運用されており、ロジックやアルゴリズムに基づく機能を保有しておらず、数十年前と比べても人々の働く環境が大きく向上した実感はありません。その根本部分にメスを入れようと考え、全社を挙げてイトーキが取り組んでいるのがデータを活用したオフィスづくり「Office3.0」構想です。
では、なぜReserve Anyという構想に行き着いたのかというと、そもそも自社の会議室不足がきっかけでした。
1人用ブースの空きがなく、大きな会議室も空いていない。
データを取ると、例えばある部屋では、3か月間の利用人数が延べ100人であり、そのうちトップ3〜5人が全体の利用可能時間の6〜8割を占有していることが分かりました。人間の営みに委ねているのがその要因でした。まさに早いもの勝ちの状態です。そうした状況を何とかしたいと思っていました。

株式会社イトーキ ソリューション事業開発本部 ソリューション開発統括部 神田 和花 様
神田:従業員からは「会議室の予約がなかなか取れない」という不満の声があがっていました。総務部門は予約のルールを設けるなど一定の工夫をしていたものの、コントロールしきれない課題が生じておりました。
ーーUTEconにご依頼いただいた経緯を教えてください。
藤田:会議室等の空きがなく、社員が辟易している状態を是正できないかとメンバーで話していた際、「ダイナミックプライシング(変動料金制)にしたら面白いよね」というアイデアが挙がりました。しかし、キーワードレベルでは概念を理解できても、実行する術を持っておらず、漠然としたアイデアで終わっていました。
そんな中、偶然にも、渡辺先生(UTEcon取締役)と議論の機会をいただくことがありました。
2022年の年末最終日にUTEconさんにお伺いし、双方のニーズ・シーズを紹介し合ったのを覚えております。様々議論させていただきましたが、各ニーズに対して的確なアドバイスをくださり、その高い専門性や情熱に惹かれていったのを覚えております。

UTEcon 松山 博幸
松山:その後、翌年2月に我々からご提案させていただき、6月ごろから実際に走り始めたと記憶しています。
藤田:トントン拍子ではありますが、2月にご提案いただいた時にはすでに外販を視野に入れ、社内に小さなチームを設置していましたね。
協業における困難とそれを乗り越えたプロセス
ーー開発プロジェクトの中で難しいと感じられたことはありますでしょうか。

藤田:最初にご提案いただいたアウトプットがアルゴリズムの仕様書であり、その内容を理解するのが難しかったです(笑)。
アウトプットのすり合わせの際に、一気通貫でプログラムまで書いてもらうという話も出ましたが、我々の理解度を高めていただくことも必要と考え、記述に留めていただいたのは正解でした。
松山:システム開発のためには厳密なものを書かないといけないため、仕様書の内容が難しいものになってしまいました。
この点は大変申し訳なかったと思う一方、イトーキの皆様からは多面的なご質問・ご指摘をいただき、大変ありがたかったです。

UTEcon 小田原 悠朗
小田原:私を含めてマーケットデザインを専門とする研究者で、今回の仕様書を作成しました。
どの案件にも全力であたっていますが、特にイトーキ様の課題感や解決したい点が明確で、熱量も感じていたので、「それにお応えしなければ」と非常に熱が入りましたね。知的好奇心が満たされ、大変楽しい時間でした。
藤田:内容を理解してみると、イメージしていたものがそのまま仕様書になっていて、「本当にすごい!」と思いました。
こちらからの少しのインプットで、なぜこれだけのものが出来上がるのだろうと驚くと同時に、感動しました。

神田:私もそもそものアルゴリズムや仕様書を相当読み込んで、理解するのに時間はかかりました。
ただ、本質が一貫していたため、理解してからは早く、ブレないロジックがあったので、現場の課題感などをぶつけながら、最終的にインターフェースへどう落としていくかを議論できたのは非常によかったと思います。
ーーインターフェースに落とし込んでいく中で、UTEconとどのような連携をとられていたのですか。

神田:高度で専門的な設計思想をユーザーにとって自然な体験に落とし込むのが、私の役割です。
アルゴリズムの表層だけを取り出してしまうと、価値がまったく損なわれてしまうため、重要なベース部分を正確に理解しながら、シンプルに落とし込むことに注力しました。
私を含め、当社側の理解を深めるために、定期的にオンラインミーティングを開催していただき、文章量の多いメールでのやり取りも何度も行った記憶があります。一緒に伴走していただいたおかげで実現できたと思っています。
松山:数百通ほどメールでやり取りをしたあの努力が報われましたね(笑)

Reserve Anyの数値に表れる確かな効果と想定以上の心理面への効用
ーーお客様への本格導入もまさに進んでいらっしゃるとのことですが、Reserve Anyを先行導入された社内における成果をお伺いできますか。
藤田:会議室や1人用ブースの稼働率がReserve Any導入前は69.9%でしたが、導入後は85.0%と実に15.1%アップしました。
人気のある大会議室は元々87%ほど稼働していて、これ以上あがる余地はないと思っていましたが、それでも導入後は90%程度まであがりました。
また、ここを定員に満たない2〜3人で使っていた需要が、2〜3人用の部屋にシフトし、それらの部屋の稼働率が約60%から、80〜90%へ上昇しました。
もともと稼働率の高かった大会議室の稼働率は大きくは変わっていませんが、利用の中身や質は大きく変わっています。まさにアルゴリズム通りです。
また、導入前に従業員にアンケートを行ったところ、「問題なく予約を取れている」との回答は7~10%でした。導入3カ月後に同じアンケートを実施すると、70~80%の社員が「基本的には取れる」と回答しました。
稼働率が約15%上がり、会議ができるようになった人が増えたのは理解できます。
また、理屈上の話とは別に、人の感じ方にも影響を与えていると考えます。
ーー何が人の感じ方に影響を与えるのだと思われますか。

藤田:「イライラ体験が減ること」だと思います。
以前はどうしても早い者勝ちの状況が生じ、予約できなかった際の不公平感がストレス要因となっていました。
一方、Reserve Anyはアルゴリズムベースで動作しますので、公平・公正さが担保されます。
もちろん導入後も希望する部屋を取れない人は一定程度存在しますが、「アルゴリズムが決めたことなら仕方ない」となる。この差は大きいと思います。
神田:従来なら2人で使われていた定員4人の会議室に、実際に4人が割り当てられるなど、適切なサイズで運用されていることを全員が体験することで、納得感に繋がっていると思います。

小田原:不公平感がなくなるのは期待していた効用ですが、想像以上でした。
需要に合わせて予約に必要なポイントが変動するため、人気のある部屋は適切な理由で取りにくくなり、それでも「どうしても使いたい」人に届くような世界が実現できています。
マーケットデザイン研究者たちの知見を総動員し、不公平が生じないよう制度設計を行い、それがしっかり機能しているのだと思います。
共通言語が限定的な中、開発を行うにはコミュニケーションが最も重要
ーーUTEconとのやり取りで、印象に残っていることは。
藤田:印象的だったのは、松山さんとのやり取りです。ものすごいテキスト量で(笑)。
藤田:民間企業の世界とアカデミックな世界とでは双方の「当たり前」に大きな乖離があります。
その距離を埋めるためには膨大な言語化やコミュニケーションが必要になりますが、松山さんにはそこを真摯に取り組んでいただきました。
それが最も印象深く、一番大事なプロセスだったと思います。
当社の担当者は、経済学の知見を提供いただく中で多くを学び、大きく成長しました。
育成面での成果も非常に大きかったと思います。
神田:当社従業員同士でも言語化のための論点整理を何度も行い、わからない点があれば松山さんに説明の機会を度々いただいていました。
そのサイクルを何度も重ね、ずっと伴走してくださったのが印象的です。
松山:会議室の予約システムは確かにマーケットデザインの枠組みに落とし込めます。
しかし、まだ研究自体が多くなされておらず、経済学の言葉でも完全には説明しきれていない部分があります。
イトーキ様とのやり取りを通じて、我々自身もそれを言語化していく必要がありました。「言われてみると確かにそうだな」と気付かされることも多く、大切なプロセスだったと感じています。
小田原:我々がしっかり検討し、考え方を正しく伝えることが非常に大事だと感じました。
本件ではイトーキ様とのやり取りを通じて多くの学びを得ました。
社内導入やユーザーへの橋渡しの際にも、難解な部分があったと思いますが、我々の説明内容を適切に翻訳して伝えてくださり、大変ありがたかったです。
経済学の知見から距離がありそうな領域にこそ潜在的なニーズがある
ーー今後、描かれている展望を教えてください。

神田:今回、素晴らしいプロダクトが完成しましたが、運用を続ける中で改善点も見つかってきています。今後もPDCAを回しながら、より多くのお客様により良い仕組みをお届けしていきたいと思います。
ーーUTEconとの協業をお勧めする業界等についてご見解を伺えますか。
神田:UTEconさんとの取り組みで、私たちが挑戦したのは「人の行動や選択をどうデザインするか」です。人の行動が関わるあらゆる仕組み。特にモビリティ等の分野で活かせるのではと感じています。
藤田:金融系や行政など、経済学と親和性が高い業界から距離のある領域にも、むしろ多くの可能性があると感じます。
会議室の予約システムに「なぜ経済学を使うの?」と意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際にはこれほどしっくりハマります。
こうした「距離がありそうで、実は経済学的アプローチが効く」領域には、潜在的なニーズが相当あるように思います。

(インタビュアー: 松尾知明、文章:戸田有亮、撮影:金澤 美佳)

